2016年12月1日木曜日

ポケットモンスターというゲームは都市伝説を内包しやすい構造になっている

ポケットモンスター サン・ムーンが発売された。
発売日に購入し、1週間かけてようやくクリアしたが、今作は非常に楽しかった。
ポケモンジムを廃止し「しまめぐり」という新たな目標が設定されてゲームプレイにどういう影響を与えるのか気になっていたが、まったくプラスに働いていたように感じた。
キャラクターも魅力的で、愛着が湧いたり、勝負に燃えたりと、BW以来なんとなくピンと来なかったポケモンのシナリオというものが久々にガツンと俺の心にヒットしたように思える。



さて、サン・ムーンの感想は置いておいて、本題に入ろうと思う。



ポケモンというゲームは、多くの噂・都市伝説を孕んでいる。
初代の赤緑バージョンに限っても、

・ライバルのラッタ死亡説
・ゲンガーはピクシーに悪霊が乗り移って生まれた説
・バタフリーとモルフォンは逆だった説
・フジ老人=フジ博士説

など、様々な都市伝説が存在している。
ポケモンの都市伝説の一部は公式に肯定されたり、あるいは否定されたり、そもそも根も葉もない噂だったりするわけなのだが、根本的な疑問として、なぜポケモンはこれほどまでに多くの都市伝説を生み出してきたのだろうか。


そもそもポケモンというゲームは意図して噂を発生しやすいように作られている。
その代表格が、「ミュウ」の存在だ。

初代ポケモンにおけるミュウは、ポケモン屋敷の日記でのみその存在の一端を知ることの出来るポケモンであり、通常プレイではミュウツーは入手出来ても、その親であるミュウを一目見ることさえ出来ない。

「設定でのみ存在しており、ゲーム中は登場しないポケモン」
これだけで、もはや噂にしてくれと言っているようなものではないだろうか。
仮にミュウを生成するバグ技が発見されなかったとしても、ポケモンを遊んだ小学生の間では、「こんな方法でミュウが手に入るって聞いた」「ここでミュウが出てくるらしい」といった噂話に花を咲かせたに違いない。
結局、デバッグ終了後に空いたデータの隙間にねじ込むという開発者の遊び心と、初代ポケモン特有のガバガバ挙動で起こりまくるバグのおかげで、ミュウの噂は実現可能なものになり、信憑性を持ってますます加熱したわけだが。

※:社長が訊く『ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー』



その他にも、ポケモンには意図して無意味で意味深なオブジェクトを多数配置している。
金銀のウバメの祠はあまりに噂が立ちまくり、最終的にクリスタルで本実装されたのは既定路線だったのかそうでないかは不明だが、ルビー・サファイアの白い岩などはもう完全にわざととしか思えない。
他にも初代ではクチバ港のトラック、金銀ではアルフの遺跡で狂うラジオ、ルビー・サファイアでは日照りの岩戸、ダイヤモンド・パールではヨスガの教会など、毎回一作に一つは謎を謎のまま配置しているように思える。

開発者側があえてどうとでもとれる謎を残しておくことで、プレイヤー側が勝手に深読みし、ポケモンの闇であったりガセ技だったりとして人々の間で流布され、ポケモンというコンテンツ自体が活気を帯びていく。
身も蓋も無い言い方をしてしまうと、エヴァの考察が流行ったのと同じだ。



ホントかウソか分からない噂を語り合うというのは、危ないけど楽しいものである。
というわけで、みんなもガセネタに気をつけつつ謎を楽しもう!(適当)

2016年8月15日月曜日

読書感想文の書き方【感想文に苦しみ続けた男が語る】

読書感想文が害悪であるという話は再三したが、そうはいっても宿題は課される。実際問題、今も読書感想文に苦しむ小学生が数多くいることだろうから、ここは一つ実際に苦しんだ経験のある私が読書感想文の書き方というものを解説してみようと思う。
願わくば、「読書感想文 書き方」でググって辿り着いた小学生の助けとなることを祈って。



さて、これから、読書感想文を書くのがどーも苦手な小学生のきみのために、10個のコツをあげようと思う。

2016年8月4日木曜日

シン・ゴジラを見てきたけど感想が言葉で表せないんだという話

タイトルの通りです。
シン・ゴジラを見てきました。
ネタバレ注意。

まだ見てない人はこの記事を読まず今すぐ映画館の席を取ってください。
絶対です。


2016年6月8日水曜日

ガルパンに見る「説明省略の妙技」

ガルパンは本当にいいものである。
戦車についてろくな知識もなかった自分がドハマリして劇場版を4回(内4DX1回)見に行った挙句BDをプレイヤーごと買うという有様である。

ガルパンがどういう作品でどこが面白いのかといったことは他の人に任せるとして、今回はガルパンの「説明省略の妙技」について語ろうと思う。

ガルパンという作品は凄い量の設定や描写が盛り込まれているのに対して、その意味が作中で説明される割合が非常に少ない。

例えば歴女チーム(カバさんチーム)の歴史談義。何やら歴史用語をまくし立てて「それだ!」をするのがお約束になっているが、具体的にその用語がどういう意味なのかはまったく説明されないので、詳しくない人間からすれば「なんかオタクが勝手に盛り上がってる」というふうにしか読み取れない。しかし、それが分からなかったからと言って物語の解釈に影響があるわけでもないので、むしろ逆に「歴史チームは俺に分からん歴史談義で盛り上がる連中なのだ」というキャラ付けになっている。


戦車についても、秋山殿が「これは○○式ですね」みたいなことは言うけれど、それが実際何年代に製造されて装甲や速度や主砲の威力はどの程度なのか、といったことは軽く流されることが多い。


だが、今の時代ググればその程度すぐに分かる。ガルパンを初めて見た時はあんこうチームのⅣ号がドイツ戦車であることすら知らなかったし、あひるさんチームの八九式中戦車が戦前に製造された(戦車道レギュレーションにおいて)ろくな主砲を持たないポンコツだということも知らなかった。だが、Ⅳ号の生まれを知っていようがいまいが物語を楽しむのには関係ないし、89式は作中で存分にその威力のなさを発揮しているからなんとなくそういうもんなんだな、ということが分かる。
それで十分楽しめたのだ。楽しめたからこそ、自分もより知りたいと思ってWikipediaを読んだりプラモを組んだりした。

「説明しなくても面白い」というこの作品は奇跡的なバランス感覚の上に成り立っている。
戦車知識がない人間でも楽しめるように、戦車の動きは極端で派手だし、小ネタの意味が分からなくても勢いで笑ってしまったりする。
このバランス感覚は非常に繊細であり、一歩間違えれば視聴者を置いてきぼりにした難解な作品になってしまうだろうし、逆にそれを恐れて説明過多になりテンポを損なってしまうことも有りうる。


この絶妙なバランスはどのようにして成り立ったのか。
監督の腕と言ってしまえばそれまでだが、これは大ネタと小ネタの配分にポイントがあるように思える。

ガルパンには、戦車知識がなくても分かりやすい大ネタと、専門知識があって初めて意味が分かる小ネタの二種類が存在する。

例えば、劇場版で言うなら知波単学園が特攻一辺倒な戦術を取るというネタは、詳しくない人でも「ああ、日本軍エミュで突撃っていうネタだな」ということぐらいは分かる。


逆に、「大戦果であります!」のシーンで使ってる謎のカメラとか、「聖グロから白旗なんてスチュアート以来だ」といったセリフはそれぞれ詳しくないと意味がよく分からず、なんとなく雰囲気だけ感じるにとどまることになる。


もっと言うなら、丸メガネの女の子「福田」の元ネタが某歴史小説家の若かりし頃であるということなんて知らなきゃ絶対気付かないだろう。


しかし、そういった小ネタも後から調べたりSNSで解説されたりすることで理解できるし、後からじわじわ面白さが効いてくることになる。

分かりやすい大ネタで視聴者の理解を掴み、物量に任せて説明省略した小ネタで勢いを掴む。この両面によって、「置いてきぼりにならず、説明過多にもならない」という絶妙で奇跡的なバランスをガルパンは実現しているのだ。

また、TVシリーズでは小ネタだったが劇場版で大ネタとして取り上げられた題材も存在する。
その一つが、TVシリーズではみほの部屋などの背景に映り込む程度であったが、劇場版ではテーマパークが登場するほどになった「ボコられグマのボコ」である。


このように、TVシリーズから劇場版へ視聴者の理解度が上がることも考えてネタが構築されていることもわかる。



また、この小ネタと大ネタの二面攻勢は劇場版のSNSでの流行にも一役買っていると考えられる。
「KV-2がホテルをぶっ壊すシーン」とか「ローズヒップが紅茶をこぼしまくってる」とか、そういう知識がなくても分かりやすい大ネタはSNSで共感を呼ぶ。


「島田千代が雨傘と日傘を使い分けてる」とか「一瞬だけ映る戦車道ニュースでP40が故障中で修理費カンパを募集している」とか、そういう分かりにくい小ネタは分かった人がSNSでシェアするのを見かけることで新たな発見を生む。


これにより、ガルパン劇場版はSNSで語らうことが楽しまれる作品となった。
ネタバレ配慮派には「ガルパンはいいぞ」という定型があるので安心だ。

SNSで初めて小ネタを発見することで、何度も劇場へ足を運んで小ネタに注視したくなる効果が生まれる。深夜アニメの劇場版としてはラブライブ!に付ける異例の22億超えの興行成績を収めた理由もここにあるだろう。


要するに、ガルパンは説明が省略されたネタが盛りだくさんなので、何度も見ると楽しいのだ。
ガルパンはいいぞ。
BDも買おう。



2016年6月6日月曜日

6月5日放送の遊戯王ARCV108話があまりにも酷かったので愚痴を聞いてくれ

遊戯王ARCVは2014年4月より放送中の遊戯王デュエルモンスターズシリーズ第5作目である。
主人公の榊遊矢は行方不明の父が一世を風靡したエンタメデュエルを受け継ぐことを夢に抱いた中学生デュエリストである。

さて、放送開始当初の遊矢のデュエルスタイルは一言で言うならサーカス。
遊矢の言葉巧みな演説にソリッドビジョンが空気を読んでアクションし、観客に魅せるというのが基本的な彼のパフォーマンスになっている。
過去シリーズで主人公たちは観客を沸かせるような燃えるデュエルをしたことは数あれど、積極的にパフォーマンスで観客に語りかけるデュエルをするようなことはほとんどなかったので、遊矢のエンタメデュエルは本当にエンタメなのか? 単に真剣勝負を茶化して笑われているだけではないのか? デュエルに命を賭ける連中には通じないのではないか? という点は当初から視聴者にも指摘されていた。
だからこそ、「自分も相手も観客も笑顔にするエンタメデュエル」という遊矢の目標は過去シリーズに比べて非常に難しいテーマであり、どう実現していくのか自分も注目していた。

そんな折、遊矢はシンクロ次元に飛ばされる。シンクロ次元においてデュエルとは格差社会でのし上がる唯一の手段であり、とにかく勝利するデュエルこそが至上であり、デュエルキング・ジャック・アトラスも「相手の全力を受けきって、その上でこちらの全力を叩きつけて勝利する」という彼独自のエンタメを掲げていた。

そんなジャックに、遊矢のサーカススタイルは「独りよがり」「父親からの借り物」と一蹴されてしまう。遊矢は自分のエンタメデュエルのあり方について悩みに悩み、もうこっちがうんざりしてしまうほど、具体的に言うとほぼ1年ぐらい悩んだ末、ジャックとの再戦で「自分の言葉をデュエルにぶつければ必ず思いは伝わる」という結論に至り、ジャックを制した。

つまり、単にパワーでねじ伏せるとか、ソリッドビジョン任せのサーカスとか、そういうものがエンタメなのではなく、人々を幸せに、笑顔にしたいという強い気持ちをぶつけるデュエルこそが真のエンタメである、という答えを遊矢はそこで手に入れたのだ。

シンクロ次元へ辿り着いた当初、遊矢はこちらへ敵意を向けるセキュリティ部隊に対して一方的なサーカススタイルのエンタメデュエルを披露して相手を呆然とさせていたが、これからはそういう相手に対しても自分の気持ちをぶつける真のエンタメが出来るようになるのだろう。



そう思っていた。



そして今回の108話である。



なんだこれは!!!!!

バカにしてんのか!!!!!



ランサーズを倒すために派遣されたタイラー姉妹と対峙した遊矢は、すわ仲間の仇と怒りに任せた黒咲とユートを制し、「自分のデュエルをする」と宣言した。

タイラー姉妹は「事実上相手の通常召喚を封じた上で、相手が特殊召喚したら自分のライフを回復する」という戦略でもってペンデュラムの対策を講じていた。

遊矢が特殊召喚すればするほどタイラー姉妹のライフが回復してしまう状況で、遊矢は一体どう勝機を切り開くのか? という展開である。



レディースエーンジェントルメーン、今からバーンカードで10000ライフ焼き切ります!
はいドカーン!!!
わーきれい!



バカにしてんのか!!!!!

「こちらに明確に敵意を向ける相手」に対し「自分のデュエルをする」と宣言したこの状況、まさにシンクロ次元で学んだ独りよがりでも借り物でもない「自分のデュエル」が披露できる瞬間であるのに、

何一つ最初と変わらないサーカスやりやがった!

ジャックが見てたら張り倒してるぞ!

てかモニター越しにキレてるエドに共感を覚えるレベルだよ!

しかもタイラー姉妹も「綺麗なものね~」じゃねえよ! なんで絶対であるプロフェッサーの目的を阻止しようとするランサーズ相手にしてサーカス見て呑気に感心してるんだよ!

つまり、自分が目撃したのは「遊矢のやってることは昔と何も変わらないのになぜか相手が都合よく感心して笑顔になった」という状況である。なにこれ。

もはやご都合主義を通り越してスマイルワールドの洗脳である。
やってることはシンクロ次元序盤でセキュリティ相手に見せて呆れられたパフォーマンスと何一つ変わっていないのに! なぜかタイラー姉妹が笑顔になる! なんでだよ!!!!!



ARCVのスタッフはそこまでして遊矢を成長させたくないのか。なんだよこれ。退屈なシンクロ次元編がやっと終わったと思った途端にこれかよ。もう勘弁してくれ。

2016年2月18日木曜日

結局なぜ俺はソシャゲを楽しめずにいるのか?

以下の内容は俺がソシャゲを好かない理由であり、ソシャゲが社会悪であるとかソシャゲーマーは愚かだとかそういう主張をするつもりは一切ないことを理解して欲しい。


ガチャが嫌いだ、という話は再三した
今回話したいのは、ソシャゲに対してガチャに限らず様々な面で俺が楽しめずにいる理由はなんなのか、という自分自身の内面への疑問にようやくけりがついた気がするということである。


まず、大前提として、俺はゲームをのびのびと自由に好きな時間に好きなだけ遊びたい。
実を言うと俺はどうぶつの森シリーズが好きなのに苦手である。それはどういうことかというと、あの独特のスローライフな雰囲気とか動物との交流は実に楽しいし、それを楽しみに毎回買うんだけど、毎日日課をこなさないと華は枯れ、草は伸び、隣人は去るというのがどうも続けていられない。どんなに好きなゲームもやりたくない日ぐらいあるが、それがたまたま一週間続いただけでひどい目に遭うからだ。これは俺が日課まみれのネトゲを長続きできない理由でもある。

俺はゲームを遊ぶ時、一度ハマるともうとにかく熱中して熱中して、休日は半日ぐらいぶっ続けで遊び続けたりして、突然ふっと熱が冷めて進行途中で一旦手を置く事が多い。

そしてその休止期間は一週間か一ヶ月か、長ければ半年、一年、俺の記憶している中で最も長く休止していたのは3年以上になるが、それだけの期間を置いてまた唐突に再開し、最後はより熱中してクリア・コンプリートまで到達する。

というのが俺の基本的なプレイスタイルである。具体例を言うなら、ゼノブレイドはヴァラク雪山で4ヶ月止まった。スプラトゥーンもフェス2回分ぐらい離れた。スカウォに至っては半年近く現在進行形で休止中である。

そんなわけで、ソシャゲ特有のスタミナというシステムによって、毎日コツコツ遊び、一度のプレイ時間は短いというのが、俺の遊び方と超絶相性が悪いということは分かってもらえただろう。

これがまず一つ目の理由である。

次に、俺にはコンプリート癖がある。ゲームならアイテムやユニットを全て回収してクリアしたり、全てのエンディングを見たり、全ての実績を解除してクリアしたいと思う欲求だ。
これはゲーマー、というかオタクならある程度同意してもらえると思うのだが、実際コンプリートするかどうかは問題ではない。コンプリート可能である、ということが一番重要なのだ。
例えば、ポケモンにおいて実際に図鑑を全て埋めることはないけれども、図鑑を埋めたくなった時に困らないために幻のポケモンを映画館で確保しておくとか、RPGで実際にアイテム全種を集めることはないけれども、(略)ために途中で回収不能になるアイテムだけは少なくとも拾っておくとか、そういう形で、コンプリート可能な状態を維持しておく癖だ。ゲーム以外の趣味のグッズに関しても、珍しいアイテム、今後出回らなさそうなアイテムだけは最低限確保しておくことが多い。
コンプリート可能な状態を維持しておけば、とりあえず積みゲーにしておいても後で後悔することはないのだ(このあたりの話は、「イベント自体は楽しくないのにイベント艦を揃えないと後悔するから仕方無く遊ぶ状態になって艦これをやめた」という話にも通じる)。

この「コンプリート可能な状態を維持する」という癖も、ソシャゲにおいては非常に困難な遊び方といえる。
というか、ソシャゲのガチャキャラはそもそもコンプリートが現実的に不可能である。そりゃ俺が石油王なら無限に課金したりアカウント買ったりして全部集めたりとか出来るわけだけど、実際そうじゃないわけで、どんなに頑張って遊んでもおそらく取りこぼすユニットが多数出てくる。期間限定のコラボとかなんらかの特典とかもあるわけで、そういうのは後から手に入れるのが非常に難しい。
ソシャゲは最初から「コンプリート不能なゲームである」わけだ。最初からコンプリート不能と分かっているゲームに対して、どうやってモチベーションを高められようか。
現実的な課金では「どうせ集まらないし…」「どうせ手持ち全部は最大強化できないし…」という諦め、モヤモヤを常に抱えながら遊ぶゲームが、俺にとってのソシャゲである。

モヤモヤしながら遊ぶゲームは、のびのびと遊ぶゲームではない(トートロジー)。

コンプリートできないならせめて「優秀なキャラは揃える」とか「この絵師のキャラは集める」とかそういう妥協点をなんとか見つけてある程度の回収率の目標を立てながらやりたいものだが、それにしたってガチャというシステムが行く手を阻む。
欲しいキャラを手に入れるために必要な金額がついぞ分からないシステム。
このガチャというのは結局、欲しいキャラを手に入れるために無限に課金するか、欲しいキャラなどという幻想を抱くのをやめて限度額を決めて課金して回してたまたま出たキャラをどう運用するかを場当たり的に考えて遊ぶものなのだろう。どちらにせよ、俺の好みではない。

ゲームだぜ?
ゲームの中でぐらい欲しいものはよこせよ。
ゲームの中でぐらいコンプリートさせてくれよ。
たかがゲームなんだからさ。

ああ、5000円払うだけでコンプリート可能に出来るスタンドアローンなゲームソフトのなんと素晴らしいことか。俺はいつだってコンプリート可能であれば安心してゲームを積んでおけるのだ。


そういうわけで、俺は絶望的にソーシャルゲームを受け付けない体質でありましたとさ。