2017年6月26日月曜日

ハンドスピナーを再び買った

また買っちゃいました、ハンドスピナー。


今回買ったのはこれ。
近所のおもちゃ屋で購入したものだが、本体にもケースにも刻印がなくメーカー不明。

なぜまたハンドスピナーを買ったのかというと、前回買ったものが、


こうなった。
やはりフレームがプラスチック製のスピナーはよくない。

今回買ったスピナーは前回のものより音もぐらつきも少なく、机の上で回すとだいたい3分30秒程度回転する。小型なので取り回しがよいのに、金属製なので重量感、安定感もある。更にこのモデルは羽を取り外すことができ、四枚羽、三枚羽、二枚羽で組み替える事ができる。
羽が多いほど重くなり持続時間は増すが、片手で回したい時は羽を減らすと楽に回せるようになり、便利だ。





ただ、このハンドスピナーも個体差が激しいようで、最初に手に取ったものは音とグラつきが激しかったので回避させてもらった。

今回は通販ではなく実店舗ならではの選び方をしたが、良い買い物ができた。

2017年6月14日水曜日

ハンドスピナーを買った

話題のハンドスピナーを買った備忘録。



今回買ったのは FengNiaoのホワイト
レビューを見たところ偽物が出回っているようなので、販売元がFengNiao-JPになっているマケプレを選択。プライム対象だったので注文から2日で到着。

届いたのが写真の商品。ケースとクロス付き。販売ページの写真と違い、筐体にメーカーの刻印はない。

回して見た感じ、特にぐらつきのようなものは感じない。
回転時間は全力で回して1分50秒程度。
レビューを見ると1分も回らないものから5分ほど回るものまであるようなので、おそらく本物の中ではハズレなのだろうか。
でも手慰みにカラカラ回している分には気にならない。

で、面白くて回していたら勢い余って何度か床に落としてしまったのだが、気づいたらフレームにヒビが入っていた。
どうやらプラスチック製のフレームだとこういうことが起こるらしい。
回転に支障は感じられないのが幸いだが、金属フレームを選んでおけばよかったかもしれない。


ハンドスピナーはわーい! たのしー! というようなおもちゃではないのだが、なんとなく回してるといつの間にかくせになっている気がする。
ヨーヨーのようなスタンダードな玩具の仲間入りをする可能性もあるかもしれない。

2017年4月23日日曜日

モンハンというゲームについて

モンハンというゲームは根底が面白いだけに不満点が余計に目についてtwitterではつい文句ばかり言ってしまいまるでアンチのようになっているのは常々反省しているのだが、じゃあモンハンって何が楽しいゲームなのか? ということに関する自分の考えを一度まとめたいと思う。

以前書いた気もするが、モンハンの楽しさの一つとしてまず最初に挙げられるのは、装備とプレイヤースキルの両面で実感する成長感だ。
すなわち、装備が更新される度に、モンスターの動きを覚える度に、討伐速度という目に見える形で自分に実力が付いていくのを実感するのが楽しい。

次にマルチプレイの楽しさだが、まあゲームというものは友達と遊べばだいたい楽しい。特にモンハンは一緒に遊ぶことで効率の上がる協力プレイなのでより一緒に遊ぶことへのモチベーションが生まれやすい。
モンハンブームに火が付いたのがP2あたりからなのもローカルマルチがウケたということの証左になるだろうか。



では逆に、モンハンで楽しくない要素とはなんだろうか。
まず思いつくのは4Gの極限化を始めとする理不尽なモンスターだろう。
極限化モンスターは前作で登場した狂竜化モンスターに共通するランダムな行動速度変化に加え、心眼スキルや弾かれ無効攻撃すら無効にする攻撃弾き能力や属性無効能力があり、これを対策するには専用の抗竜石というアイテムを使用する必要があった。このアイテムも、所持さえしていれば済むというものではなく、戦闘中に使用して初めて効果が発揮されるものであるし、効果時間もたった1分ちょっとで切れてしまいリキャストタイムを待たなければならないため、とにかく理不尽さだけを強烈に感じる仕様になってしまった。というか、単純に戦ってて楽しくない

Xで登場した獰猛化モンスターは、極限化と違って極端な肉質硬化もランダムな速度変化もなく、光っている部位を用いた攻撃だけが一定の速度変化を伴う強力な一撃に変化するというものであり、そこを攻撃することで狩技ゲージが溜まるというプレイヤーへのメリットもあったため、戦闘面だけで言えば理不尽と感じることは少ない。戦闘面だけで言えば。
だが獰猛化モンスターの最大の問題はその体力の多さにあり、体感ではあるが討伐時間にして原種のおよそ2倍は要する。獰猛化モンスターは疲労しないためチャンスタイムが生まれないこともだるさに拍車をかける。
ならマルチでやればいいじゃん、と思うかもしれないが、獰猛化はとにかく種類が多く、古龍以外の大型モンスターほぼ全種類を網羅しているため、オンラインで部屋を探そうとしても人が分散してなかなか集まらない
需要の少ないモンスターでは部屋が1つも立っていないこともざらにある。
そして極限化にせよ獰猛化にせよ、武器の強化にその素材が頻繁に要求されるため、モンハンの楽しみの核である成長をしていくためには避けては通れない壁となる。


ここ数作のモンハンはエンドコンテンツにも問題があるように思える。
4シリーズではギルクエと発掘装備というものもある。これはもはや思い出すのも嫌になるのだが、最強レベルの強化個体モンスターを倒す度にランダム性能の武器や防具がドロップするので理想の武器を手に入れるまで100回では効かないほどに討伐を繰り返すというおぞましい代物だ。ラージャンを絶滅危惧種に追い込むような真似は二度とやりたくない。

Xシリーズの二つ名モンスターはギルクエよりはマシだが、それでもモンスターは強力かつ一部理不尽さを感じさせるものもいるし、防具一式を最大強化するのに同じモンスターを3回ずつLv1からLv10まで順番に、すなわち計30回も倒す必要がある。実際はチケットが複数報酬に現れることがあるのでもう少し少なくなるのだが、それでも20回近くは狩ることが前提になってくる。さらに別の問題として、まずマルチプレイ前提の難易度であるにも関わらず前述の通り原種・獰猛化・二つ名と無駄にバリエーション豊富なせいでオンラインの人が分散し、集まりが悪くなる。またクエストのLvは張り主しか上がらないため、たまに張られたクエストの手伝いをしたとしても、手持ちのクエストはLv1のまま、中途半端なLvのチケットだけが手元に残ることになる。
なお、諸々の問題点はXXでは「そもそも二つ名装備が相対的に弱くなった」という斜め上の方法で解決されている。つまり、そこまで無理してやらなくてもよくなったのだ。おかげでオンラインの集まりはますます悪くなりいざやってみようと思うと前作以上に苦労するハメになるのだが、まあ無理してやらなくてもいいから別にいいや



そもそも、1種類のモンスターに対して10分も20分も、10回も20回も連続して狩りを続ける必要はあるのだろうか。人の集中力はそんなに保つものなのだろうか。
オンラインならば1クエスト数分で終わり、そのたびに帰還して休憩が入るため、10回程度なら回し続けることも苦ではない。
しかしソロプレイだと10分や20分、特に強力な個体だとまるまる50分戦い続けることもあるため、1クエストで疲れてしまう。
外出先などで「時間が空いたからちょっと遊ぼうかな」と思っても、ソロプレイでは時間がかかるため気軽に遊ぶことが出来ない。
その辺りが、スマホゲーなどに代表されるいわゆるイマドキのゲームに逆行しているというか、モンハンが時代遅れに感じてしまう点ではないだろうか。
ポータブルシリーズの手軽さから、古臭いMORPGのシステムにどんどん近寄ってしまっているように見えるのは俺だけではないはずだ。
古いから駄目だと言うつもりはないが、ちょっとハードルが高い。

1クエスト2,3分で終わるようには出来ないだろうか。
同じモンスターは数頭狩れば済むようには出来ないだろうか。
我ながらゆとりじみたことを言っていることは自覚しているが、モンハンの根底の面白さはそういった試みで損なわれるようなヤワなものではないのではないか?

そして最近のモンハンの傾向として、良し悪しはともかく一つ気になっていることがある。
それは何事においても出来ることを増やしまくっていることだ。
もちろん、遊びの選択肢が増えることは悪くない。
しかし、下位互換の武器や防具ばかりが大量にあったとしても、それは武器選びのノイズにしかならない。
武器やスタイルを増やしまくるのもいいが、武器種が多すぎるせいでバランス調整に苦心しているようにも見える。
その結果が、最新要素の雑な強化であったり、前作で強かった要素の雑な弱体化に繋がっているのではないだろうか。
モンスターを多数登場させるのもいいが、それによって人が分散してオンラインマルチが遊びにくくなっては困る。
スキルを追加するのはいいが、様々なスキルの仕様が複雑過ぎてゲーム中でろくに説明できておらず、現状自発的に調べないと真価を発揮できない。


ここはあえて武器や防具、モンスターの選択肢を絞ることで、開発者にとってもプレイヤーにとってもやるべきことが分かりやすい設計にしてみるのはどうだろうか。
武器種の削減は3で出来たのだから不可能ではないはずだ(P3ですぐに復活したけど)。



要するに、あえてプレイ時間の短縮や選択肢の削減を目指し、コンパクトに再設計することで根底の面白さにもう一度焦点を当てたモンハンが遊んでみたい、というのが俺の意見になる。

2017年4月3日月曜日

ARCVに耐えた

3年間クソアニメを追い続けるという苦行をなんとか耐え抜いた。
いや、1年目は面白かったけど、どんな娯楽でもつまんなくなったらすぐ切るタイプの俺がここまで耐え抜いたのは、ひとえにこの伝説レベルのクソアニメをリアルタイムで視聴した世代として語り継がなければならないという使命感であった。

2017年3月21日火曜日

ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドの感想

入院騒ぎもあったものの、switchとゼルダは予約通りに手に入れることができ、退院して以来寝ても覚めてもゼルダを遊び続ける生活だった。
先日ようやくクリアしたので一息つけることができ、このゲームがどれほど面白いものだったのかを噛み締める時間を得られた。


あまり陳腐な表現を使いたくはないのだが、このゲームに関しては、まさしく時代を変えるレベルの神ゲーであると確信した。
「時のオカリナ」が3Dゲームの革命であると言われるように、今作ブレスオブザワイルドはオープンワールドゲームの一つの結論として、おそらく後世に語り継がれ続ける作品になるだろう。

以下、ネタバレ注意。

2017年3月4日土曜日

退院しました

扁桃周囲炎で緊急入院から5日、ようやく退院することができました。
(1日目)
(2日目)
(3日目)
(4日目)

どうせ暇だし毎日ブログでも書こうと思い付いてのことでしたが、生活のあまりの変わり映えしなさにどんどん薄あじになっているのがよく分かります。
twitterがない頃はよくこうやって内容のない日記を書いていたのを思い出しました。

病状の方は、痛みはもうないですが、喉の奥になにか詰まってるような感じは未だに抜けません。一週間後にもう一回見せに来てくれと言われ、抗生剤も渡されました。
それでも、5日前の地獄のような苦しみを思えば屁でもありません。

帰宅後、switchをようやく手にした私は一心不乱にハイラルを駆け巡り続けました。
本当に楽しいですね、ゼルダ。
詳しい感想はまた別の機会を設けるとして、昼からこっちぶっ続けでやってたら流石に疲れました。
明日も休んで一日中食べて飲んで遊んでると思います。
幸せだなあ。


それと、twitterで励ましのリプライを下さったフォロワーの皆様方、本当にありがとうございました。

扁桃周囲炎で入院しました(4日目)

明日退院出来ることになった。
あと一日早ければswitchに間に合ったものを。
家族から連絡があり、switchを買っても持ってきてくれるのは夜になるとのこと。
ただひたすらゲームと昼寝で時間を潰し、面会時間終了間際になって、間に合わないとの連絡が再び来た。
かくして私はswitchを発売日に手に入れることが出来なかったのである。
ふて寝をした。

2017年3月2日木曜日

扁桃周囲炎で入院しました(3日目)

入院生活にも飽きが出てくる。
喉の経過は良いらしい。
痛みももう全くと言っていいほどない。
そして寝っ放し、座りっぱなしもいい加減うんざりだった。
普段出不精で暇さえあればゲームばかりしてる私でも、限度というものがある。
売店を往復したり、筋トレしたりして誤魔化す。
インターネット環境がスマホのデータ通信しかないので、あまりネットで遊びすぎても制限が心配だ。
音楽を聴こうにも何かの薬の副作用か、半音ほど低く聴こえる。
早くSwitchが欲しい。
明日が発売日だ。家族は買ってきてくれるだろうか。

扁桃周囲炎で入院しました(2日目)

思えば、入院は初めてでした。
いや、もしかしたら物心が付くより前に入院したことはあるかもしれないのですが、とにかく自分自身の入院を自覚的に経験するのは初めてなのでした。
朝起きると、喉の痛みが少しだけ戻っていた。これで、昨日は腫れが引いたのではなく鎮痛剤がよく効いただけだったのだと分かり、少し落胆する。
それでも朝食前に薬を飲んだら痛みはすぐに消えて、食事も問題なく取ることが出来た。胃のキャパシティは粥の完食を拒んだようだったが。
医者に喉を見てもらうと、腫れは昨日に比べて多少引いているようで、すぐ切開ということにはならないらしい。このままおとなしく収まってくれるのがありがたいのだが。
少し立ち上がるだけで、点滴に血が逆流してしまう。これは別に気にしなくていいらしいし、後に点滴の高さを上げてもらうことで解決したのだが、この時はとにかく自分の血が管から外に出るのを見たくなくて、あまり病室を出歩かなかった。それでも、ずっと座ったり寝ていても気が狂いそうなので、苦し紛れに売店や食堂あたりをうろついた。
それからはずっと暇で、昨日家族が持ってきてくれた3DSも早々に電池が切れてしまい、ひたすらスマホでマインクラフトを遊んでいた。
昨日は突然のことで家族も大したものを持ってきてくれなかったので、今日も来てくれることになっていた。
イヤホンを買ってくれば映画を見たりも出来ただろうが、それも自前のものを家族に持ってくるように頼んでいたため、今日のところは我慢しようと思った。
昼飯もほとんど食べたが、このあたりで早々に粥に飽きる。
普通、米というのは噛めば噛むほど唾液で分解されて甘みが出るものだが、粥は流し込むように食べるためそれが味わえず、ひたすらデンプンを飲む気分である。
頃合いを見てシャワーを浴びたが、タオルもシャンプーも持っていないことに気付いた。タオルだけは見かねた看護師が特別にと貸してくれたが、シャンプー類はどうにもならず、水浴びで済ます。臭くなりそうだが仕方ない。明日までにはなんとかなるだろう。
夕食の時は大根おろしに醤油がついていたので、これを粥にかけたところ、見違えるように美味しくなった。売店で小さな醤油を買ってくるのもいいかもしれない。
夕食の後、ようやく家族が荷物を持ってきてくれた。特にイヤホンにと3DSの充電器が嬉しい。ここまで設備が充実すると、まるで旅行先のホテルだ、と気を良くした。
夜は3DSで遊び、スマホでニコニコ動画や映画を見たりして過ごした。
昼間より充実していたが、病院は消灯が9時だし、周りも老人ばかりで早々に寝てしまうので、夜更かしを楽しむことは出来ない。
結局、11頃には眠った。
ところで、NintendoSwitchの予約の受け取りは家族に頼んでみた。家族も忙しいので(なにせ面会時間ギリギリになるまで見舞いに来れないぐらいだ)、実際いつ手に入るかは分からないが、なんとか首尾よくいくことを祈る。

2017年2月28日火曜日

扁桃周囲炎で入院しました(1日目)

扁桃周囲炎(扁桃周囲膿瘍)とは、簡単に言うとこじらせた扁桃炎です。
あらすじ。
土曜日の午後、喉に違和感を覚える。唾を飲むと痛い。
日曜日、かなりの痛みを覚えるも病院が開いてないのでどうすることもできずバイトへ。接客なので声を出すのが相当こたえた。明日は休むと決心。
帰宅後、ほとんど食事もできず。
月曜日、朝イチで近所の耳鼻咽喉科へ。扁桃周囲炎との診断。点滴打って薬を出すから、明日の朝もう一度来てくれ、それでも改善が見られなければ入院もあるかもとのこと。その日はほとんど何も食べられず、寝ようにも唾を飲む度に目が覚める始末。喉ちんこが腫れて舌に当たってえずくのも不快で眠りを妨げた。発熱も。
火曜日(今日)、また朝イチで同じ耳鼻科へ。痛みが多少和らいでいたので入院を免れるかも? と暢気だったが、見たところ腫れはむしろ悪くなっていたとのこと。そのまま大学病院への紹介状を貰い、すぐに向かわされる。
言われるがままに大学病院で診察を受け、検査し、トントン拍子で入院決定。何の用意もしていなかったので結構慌てた。こういうのも緊急入院というらしい。
切開で膿を摘出するかどうかは経過を見て決めるとのことで、とにかく点滴を打つ。これが曲者で、俺の血管が細いのか腕に脂肪が付き過ぎなのか四度も失敗される。結局、手の甲に打たれるはめに。
昼飯にカレーライスが出た。病院食のイメージではなかったので驚いたが、喉が痛く半分も食べられず。
本当に何一つ入院の用意をしていなかったので、スマホの充電が切れる。仕方なく売店に買いに行く。重病でもないのに大仰に点滴台を引きずって歩くのは情けない。歩いていると血圧で点滴が止まってしまったので、買うだけ買って散歩にもならないうちに病室へ戻る。
それから夜までとにかく暇で、Twitterでぼやいたり、ネットを見たり、仮眠したりして過ごす。夕食前に痛み止めが出た。これが効いたのか、喉の痛みが嘘のように収まった。夕食は柔らかいものが中心で、粥と刺身、それから豆と野菜、油揚げ。とにかくまともに食事を取ったのが随分久しぶりのように思えて感動を禁じ得なかった。味付けのないただの粥をあれほどまでに美味しいと思ったことはない。
その後、ようやく親と連絡が付き、荷物を持って来てくれた。
着替えなんぞはどうでもよく、とにかく重要なのが3DSで、これさえあれば一晩は間違いなく楽しく過ごせるのだが、充電器を見つけられなかったようで、一晩しか楽しく過ごせそうにないのだった。
3/3はnintendo switchの発売日。果たしてそれまでに俺は無事退院できるのか。乞うご期待。

2017年1月30日月曜日

「信じない」ことと「嘘だと信じる」ことの違い

狼少年という話がある。

羊飼いの少年は「狼が来たぞ」と嘘を叫ぶことで村人を何度もからかっていたが、ある日本当に狼が襲ってきた時にそれを信じて貰えず羊が全滅してしまったという話だ。

この寓話の最大の教訓は、狼少年の「嘘をつき続けると信じてもらえなくなる」ことではない。
村人の「"信じない"ことを"嘘だと決めつける"ことと混同してはいけない」という点だ。



嘘をつくのは低コストだ。
狼少年が「狼が来たぞ」と叫ぶのはさぞ簡単だったことだろう。

それに対して、嘘を検証するのは高コストである。
狼少年の警告を信じて羊を避難させたり、男衆を集めて牧場を警戒させたりするのは大変なことだ。

これがいわゆる嘘の非対称性というやつで、嘘つきはこれを利用して検証できない速度で嘘をつき続けることが強いと学習する。

そのうち、村人はいちいち狼少年の警告を真に受けるのはとても無理があるとして、「狼少年の言うことを信じてはいけない」と判断することになる。
これは真偽判定のコストを下げるためにどうしても必要な判断だ。ここまでは良い。

ここからが問題で、村人はこの判断をいつしか「狼少年の言うことは嘘である(事実の逆である)」と勘違いするようになってしまったのだ。
すなわち、「狼少年が「狼が来た」と言った時、狼は来ない」と考えてしまったのである。
結果、村の羊を全て失ってしまった。

嘘つきというのは、嘘か本当か分からないことを言うから嘘つきなのだ。それを必ず嘘であると判断するのは、逆に信用しているのと同義である。

村人は、狼少年の言うことを完全なノイズとして無視し、新たに羊飼いを雇って狼を引き続き警備しなければならなかったのだ。



「信じない」ことと「嘘だと信じる」ことを混同している人はとても多いように感じる。

詳細は省くが、この前「この人の言っていることは証拠がないからまだ信じない方が良い」と発言したところ、「じゃあもし本当だったら謝れよな」と返されたことがある。

何故「本当だったら謝れ」となるのか?
それは彼が私の発言を「この人の言っていることは証拠がないから嘘だ」と言ったのだと勘違いしたからだ。
もちろん証拠もなく嘘と決めつけるのは失礼に当たるが、私は「真偽不明と置くべき」と言ったに過ぎない。



例えば、NHKニュースの報道だったらとりあえずは「本当である」と信じていいだろう(誤報の可能性もあるが、もしそうなら後で訂正される)。

逆に、虚構新聞の報道だったら「嘘である」と信じることができる(稀に嘘から出た真となってしまうこともあるが、その場合は謝罪記事が出るのが通例になっている)。

こういう風に、証拠(信じるに値する材料)というのは必ずしも数字とか文書である必要はなくて、「真実のみを報道している実績」「嘘のみを報道している実績」「もし間違いがあったら訂正する実績」というものでも十分判断材料になる。

その点、「流れてきた一般人アカウントのツイート」というのは、どちらの実績も存在しない。一般人の無根拠のどんな発言でも無条件に信じるのは家族や友人ぐらいのものだろう。
そういったアカウントからのソースのない発言は、本当の可能性もあるし、嘘や間違いである可能性もある以上、信じるに値する詳細な状況、写真や文書などの証拠、別人からの証言など材料が揃うまではひとまず「真偽不明」と置かなければならないのだ。

そして、狼少年のような嘘つきには、「頻繁に嘘をつく」という実績こそ存在すれど、虚構新聞と違って「本当のことは絶対に言わない」という実績が存在しない。
つまり、先程言った通り、嘘つきの言うことは嘘か本当か分からない。だからこそ、何の判断材料にもならないノイズに過ぎないのだ。



証拠不足のニュースを見かけたとき、人はついそれを「本当のニュースである」か「嘘のニュースである」かのどちらかであると決めつけてしまいがちである。
しかし、とりあえずまずは「真偽不明の情報」と分類して、何かの判断材料にせず、証拠が出るまで保留しておこう。
それがデマに惑わされないためにも重要なリテラシーだ。